1718世紀の音楽機械のコンピューターシミュレーション

(聴覚資料)について

 

1 キルヒャーのMusica Pythagorica Automata

2 アングラメルのLa Barcelonnette (=serinette.mp3)

3 バルバトル/アングラメルのRomance

 

 キルヒャーやアングラメルの音楽機械は残っていないので、実物を聴くことはできない。しかしその楽器と音楽が厳密に説明されているので、その音楽的効果をコンピューターシミュレーションによって再現することが可能である。

 オルガンのコーナーで説明した様に、オルガンのストップ(音栓)が設定されていれば、オルガン演奏というのは鍵というスイッチを入れたり切ったりすることに過ぎない。自動オルガンでは鍵の押し離しはシリンダーのピンによって行われている。キルヒャーやアングラメルの著書ではそのピンの置き方が厳密に記されているので、演奏のもっとも重要な情報は揃っている。ただしキルヒャーの場合にはシリンダーの回るスピードについてはなにも記録されていないので、曲のテンポは再現する人の判断によらなければならない。(アングラメルは曲の長さを厳密に計ったので、テンポをそこから計算することができる。)

 しかしこの時間情報だけではまだ音楽にはならない。一つずつの音がどの様に響いていたかという問題が残っている。ストップの組み合わせについての情報はある程度資料から読み取ることができるが、同じストップ名が付いていても細かい作り方の違いによって音色に大差が生じうるので、そういう情報から実際の響きを知ることができるとは言いがたい。

 音色によって音楽の印象はかなり変わる。しかし逆に言えば音楽の表現力と演奏法の特徴を形成するもっとも重要な情報は音色ではなく、音と音の時間的関係である。もしそうでなければ、演奏法は演奏者の問題ではなく、オルガン製作者の問題になってしまう。奇麗な音色を出さない粗悪な楽器でも素晴らしい演奏は素晴らしく聴こえ、有名な楽器でも下手な演奏は下手に聴こえる。自動オルガンの音楽的効果を再現するに当たっても、音色としてある程度適切なものを選んで、音の時間関係さえ正しく再現できれば十分であるはずなのだ。従ってこの3つのシミュレーションに関しても音の時間関係を出来るだけ正確に再現したが、音色は私が自宅に持っている安い電子キーボードの音の中から一番適しているものを選んだ。

 しかしその作業をしていて気がついたことがある。オルガンの演奏法は「スイッチオン」と「スイッチオフ」で決まるのは間違いないが、実際の音の時間構造をその瞬間に十全に知ることはできないのだ。「スイッチオン」の瞬間にすぐ音が始まるのではなく、立ち上がり時間がある。同じく「スイッチオフ」からもまず減衰時間があって、そのあとにホールの残響が続く。立ち上がり時間、減衰時間は個々のストップごとに異なっている。例えば低い音域で立ち上がり時間の長いストップで0,1秒の音を鳴らすと、音がほとんど立ち上がってこないので非常に短く聴こえる。同じ音を立ち上がり時間の短いストップで鳴らすと、0,1秒はそれほど短く聴こえない。演奏者は耳で音の長さを判断するので、後者のストップで「非常に短い」音を目指した場合には自然に音をもっと短く弾くだろう。またホールの響きも音の時間関係を変化させる。例えばあるホールで音と音の間に0,1秒の休符を入れればその二つの音が十分別れて聴こえるかもしれないが、残響の長い教会で同様な弾き方をすれば音が混ざってしまうため、別々な音として聴こえてこない。残響の長いホールで演奏する場合には同じ効果をもたらすためにすべての音をより短く弾かなければならない。

 つまり、演奏法が音と音の時間関係で決まるにも拘らず、厳密に「スイッチオン」と「スイッチオフ」の時間を知っても、音楽的な時間関係のすべてがそれでクリアーになるわけではない。

 この問題が存在することは前から把握していたが、それが実際に非常に大きい問題であるとは聴覚資料2と聴覚資料3の再現に手を付けてはじめて分かった。アングラメルによって記録されたバルバトルの演奏に極めて短い音がたくさんあったからだ。経験豊富なアングラメルがバルバトルの演奏をできるだけ厳密に記録していたのだから、当時の自動オルガンはあれだけ短い音でも音楽的に良い効果を発揮していたのは間違いない。しかし私が試しに同じスイッチオンとスイッチオフ時間をオルガンらしい音色で鳴らしてみても、全然良い効果が出なかった。特に低い音域の音は立ち上がり時間が長過ぎて全く聴こえてこない。そして高い音域の音が短すぎて一つのメロディーの線につながらない。

 結局オルガンらしさをあきらめて、立ち上がり時間のもっとも短い音色を選んで、それにもっとも長い残響を付けて、初めて良い効果を得たのである。

 長い残響の中で短い音を弾くと、音の長さの差が音量の差に変わる。オルガンでは基本的に弾き方によって音量を変えることはできないのだが、音が完全に立ち上がる前に切れば音量は減るからである。バルバトルは演奏する時にこの効果を目指していたようである。アングラメルの記録では短さの度合いの変化が一つずつの音に加えられているので、それが音量の差に変わって、生き生きした演奏を可能にしている。その効果を得るには音色はともかく、立ち上がり時間と残響の調整が非常に重要なのである。

 

ヘルマン・ゴチェフスキ(Hermann Gottschewski