担当教官:猪口 弘之
講義題目:放送劇における言語表現
視覚的要素を奪われた演劇、すなわち舞台演劇の不完全な代用品として出発した放送劇は、言語・音声(音楽および非音楽的音響を含む)に限定される不利を逆手にとったことにより、むしろ視覚による束縛を免れたジャンルとして、思いがけなくも全く新たな表現の世界を切り開いて行った。
ここでは主として戦後、それも五十年代末くらいまでのドイツのさまざまな放送劇の分析を通して、その言語・音声表現は何を語ることができたか(または何を語ることができなかったか)を考えてみたい。ただし、テレビの普及によってもはや瀕死の状態に追い込まれた放送劇に対し、その過去の栄光を回顧して鎮魂の歌を捧げようという訳ではないし、その再起の途を探るというようなことも、我々の課題としては考えないことにする。
実際の放送劇の作品を検討するにあたっては、テクストと音声資料(録音テープ等)の両方が入手できるものが望ましいので、制約はあまりにも大きく、やはり
Wolfgang Borchert: Draußen vor der Tür(1947)
Günter Eich: Träume (1953)
Ingeborg Bachmann: Der gute Gott von Manhattan (1958)
といった〈古典的〉なものからスタートせざるを得ないが、何といっても〈時の試練〉を乗り越えて聴き継がれてきたこれらの作品には、作業の労苦に十分に応えてくれる〈面白さ〉があるだろう。