比較ナラトロジーI

担当教官:猪口 弘之
講義題目:排除の論理―《魔女への鉄槌》分析の試み―

《魔女への鉄槌(Malleus maleficarum)》は、〈魔女〉に対する異端審問(いわゆる〈魔女裁判〉)を行う際のマニュアルのごとき役割を果し、多くの人々(とくに女性たち)を焚刑に追いやった書物として、当然ながら悪名が高い。しかし、ともすれば、著者の個人的な〈狂信〉や〈功名心〉、さらにその精神の病的な歪みなどが強調される結果、本書の内容や論理構造そのものに対しては、専門研究者以外からはあまり関心が寄せられてこなかったようである。
審理を尽し、罪の有無を法に照らして仔細に検討し、処罰すべき者には相応の刑を課する—というのとは違って、ある特定の秩序を守るのに妨げとなるものは何としても排除・圧殺しなければならない—という大前提のために、有罪判決(しかも、ほぼすべてが死刑宣告)を出すことがいわば至上命令となってしまっている場合、〈司直〉〈司法〉は―例えばドイツ語では、これに当たるのは〈正義〉を意味する語 die Gerechtigkeit そのものなのだが―、いかなる論理を用いることになるのだろうか。
ナチス政権下の〈国民(民族)裁判所(der Volksgerichtshof)〉その他とオーヴァラップさせて考えることも当然可能ではあるが、今回は《魔女への鉄槌》それ自体の検討に限定したい。テクストとしては新たなドイツ語訳―誤りが多いとして批判され続けてきた旧訳の出版からほぼ百年を経て、前世紀末(二〇〇〇年九月)にようやく刊行されたもの―を用いる予定だが、英語訳あるいはフランス語訳を読むかたちで参加されてもよい(ただし、訳書に付された解説の類はどれも、必ずしも鵜呑みにできるものではなさそうなので、注意を要する)。
なお、一学期間に読める量はもとより極めてわずかなので、読み進め方の詳細については、参加者と協議の上で決定する。