日本の言語文化I

担当教員:ロバート キャンベル
講義題目:「声」の維新文学史

明治維新期は、従来、文学不在の時代と見られがちであった。確かに文学の定義によっては、その通りともいえる。また逆に、文学の定義を問い直させる材料が、未検討のままに、そこへ潤沢に取り残されて入るともいえよう。この講義では「説教」を読もうと思う。廃藩置県の直後、明治政府は戯作者・俳諧師・歌舞伎役者などを動員して、全国に大規模な教化運動を押し広めようとしたが、その手段として用いられたのはこの「説教」であった。庶民を呼び集め、これから国民国家の一員として生きることの必然性とノーハウを声に出して教導していこう、という趣旨が主軸にあったが、説教する側もされる側も、戸惑いを表すことが多く、蹉跌にみちた数年間の運動となった。しかし彼らが残してくれたプラクシスとしての説教、その内容の一つ一つには、近代への傾斜は確実に見てとれる。

授業では、(1)説教という様式の文化史的背景を概観したうえで、(2)明治ゼロ年代に刊行された夥しい「説教本」のなかから、説教の具体的方法と内容を述べたいくつかのサンプルを分析し、(3)説教という場のなかで「前近代」の文学概念と実態が、日本の「近代」構築にどう役立てられようとしたのかを、考えてみたいと思う。文学とモラリティーの接点に関心をもつ学生には、とくにお勧めしたい。

教材は、原本コピーと参考資料を配付する予定。成績評価は、平素の参加状況と、期末レポートによって行う。