私ははるか昔、文科三類から文学部に進学し英語英米文学科を卒業しましたが、最初から国境を越えた文学現象への関心が強かったので、比較文学を学べる学科があれば、間違いなくそちらに進学していたと思います。当時は、比較文学比較文化専攻課程は大学院にのみ設置されていました。
高等学校や大学教養課程で学ぶ科目の多くは、それぞれが独立した分野として設定されていますので、分野の区別が、世界の現実や歴史の把握に際して、必ずしも実態に即したものではないことになかなか思い至りません。ところが少し勉強を進めてみると、学問間の仕切りが単なる便宜でしかなくなるような事態にしばしば直面するのです。
私は卒論の対象として、エドガー・ポーというアメリカの作家を選びました。ポーはまずフランスでその価値を認められ、ヨーロッパの文学者や芸術家に広範な影響を与えたのち、ようやく本国でも現代文学の先駆者として認知されました。ポーの影響圏は純文学のみならず、探偵小説、時代小説、冒険小説、児童文学から、美術、映像芸術、音楽、漫画にまで及びます。このようして今なお現代世界に遍在している、ポーという作家の全貌を捉えるには、一国一文化一分野にとどまらず、それを横断する思考法を身に着けることが不可欠です。
まず個別の文学や文化に焦点を合わせて学んでから徐々に視野を広げていくのか、それとも、幅広い枠組みのもと、文学・文化事象を相対的にとらえる、柔軟な視野や発想を獲得してから、少しずつ対象を絞っていくのか。行き着くところが同じならば、これはどちらがよいかではなく、向き不向きの問題なのでしょう。越境する知のネットワークにまずは関心のある方が、それに最も相応しい学ぶ場である本コースに集結してくれることを願ってやみません。 |