東京大学比較文学比較文化研究室

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研究室紹介担当教員紹介大学院学部後期課程

比較思考

哲学的思考とは、「思考」を取り集めることである。

それは、思い切った形式化によって、物や心や言葉などの諸存在階層を横断し再組織化してみせる。あるいはそれは、ある特定の時代の内部に、思いがけない思考のつながりをあらわにする。根本的に異質と見える思考の伝統や方法を接合することで、われわれに見えてくるものの質と範囲が飛躍的に改められることがある。当然のことながらこのような思考の取り集めは、大学の文学部の一隅を占める哲学研究室の専有物ではありえない。人工知能を研究する認知科学者の実験室から、日常的な常識世界と論理的思考をつなぐまったく新しい結合方式が現われてくるかもしれないし、きわめて特殊な時代に沈潜する歴史家の書斎から、時代の制度・学芸・思考を取り集めて認知するための斬新な視点が生み出されているかもしれない。

「比較思考」プログラムを支えるメンバーたちは、思想史、歴史学、文化研究、哲学など、従来の学問分類からすれば異なったジャンルから参集したが、「取り集めること」としての哲学的思考の可能性へ向けて緩やかに共同の歩調をとっている。古代から現代にいたるまでの西洋思想および東洋思想を、哲学思考の単線的な正統的発展と見るのではなく、社会・宗教・文化という構造的要因との相互関係において分析し、その全体像を把握すること。国語別の思想流派の偏狭さに閉じこめられないで、比較と横断の運動を続けること。文化と社会を解読する思考のカテゴリーが、論理的に強靭であるとともに、歴史とコンテクストに向けて柔軟であるように進んでいくこと、などである。

われわれメンバーが断然拒否する、思考の取り集め方もある。事柄と状況とを自らの所有物としての観念にのみ合わせて裁断し、もう一つの所有物にしてしまうような思考である。自らに確信のあるほんの少しの知識源泉のみを当てにして、それ以外の思考の可能性に無意味の烙印を押してしまう、偏狭な実証主義。少しばかり労力をかけて読解したテクストの、鋭利な歴史的洞察を、どんな時代やコンテクストにも一律に適用して悦に入っているような怠惰な思想史研究。

思考の拡がりと自由さと柔軟性を育てようとする、「比較思考」の教育プログラムは、人文学の古典的な諸価値と方法論をむしろ擁護する。西洋古典学および東洋古典学のテクスト解釈の流儀、歴史学の資料操作の冷静さ、被解釈者へと肉薄するのに十分な文化研究の言葉の装備、哲学における分析的な厳密さといったものである。これらの諸価値を資源としてのみ、「取り集めること」の可能性は高められ広げられてゆくのであり、探究者たちを自足した狭量さから解放してくれるのだということを、メンバーたちは確信しているからである。

それゆえ、われわれは狭い意味での哲学教育に満足するものではない。領域横断的な諸問題に積極的に関わり、それに理論的に取り組むための哲学的知性を鍛えること。「比較思考」とは、比較思考という閉じた空間なのではなく、他の研究諸領域へと開かれ繋がろうとする運動体なのである。

主要授業紹介

  • カント道徳哲学研究
  • ドイツ語圏におけるニーチェ受容の諸相
  • 哲学のグローバル化――ハイデガーと東アジア
  • ハンナ・アレントの思想
  • 『コミュニケーション的行為の理論』解読
  • 『相対主義の可能性』を読む
  • メタファー論
  • ドイツ語圏における「芸術」の思想
  • 現実と知識の多元性・多層性に関する研究
 
 

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